テコンドー

田中光哉のwikiプロフや経歴!出身大学や高校はどこ?障害や結婚情報も気になる!

2020年4月23日

Hello!ピョンちゃんです!

パラテコンドー男子・61キロ級で、東京パラリンピック日本代表に内定した選手・田中光哉さん

競技歴3年という短い期間にも関わらず、日本代表入りしたことで話題となっています!

 

そこで今回は、田中光哉選手のwiki風プロフィール経歴から、出身高校・大学田中選手の障害結婚情報などについて、詳細を紹介していきます!

 

田中光哉選手のwiki風プロフィール

名前田中光哉(たなか みつや)
身長176cm
体重61kg
生年月日1992年7月22日
年齢27歳(2020年4月時点)
出身地福岡県久留米市青峰町
所属ブリストル・マイヤーズ スクイブ株式会社

幼少期は剣道小学4年生からは大学生まではサッカーと、スポーツに取り組んできた人生を送っています!

 

サッカーに関しては、福岡県のクラブチーム『南FCトータス』に入っていたこともあり、リフティングを7,8000回できるほどサッカーが得意のようです!

 

リフティングを8000回って、もうガチでサッカー上手すぎますよね…(;´・ω・)

どれだけ運動神経が良いんだって話です!私にもその運動神経分けてほしいくらいです…!

 

サッカーを始めたのは、小学生の頃に小野伸二選手に憧れたのがきっかけとのこと。

また、サッカーなら障害があったとしても全く関係ないため、「障害なくてもこれなら勝てる!」という思いから、サッカーを続けたようです!

 

ちなみに、田中選手は、

  • オーストラリアへ留学
  • 英検1級に合格

といったように、色々なことにチャレンジしており、かなりの勤勉家のようです!

 

田中光哉選手の経歴

大学卒業後、「パラリンピックに携わりたい」という気持ちがあったことで、東京都障害者スポーツ協会へ就職したそうです。

 

東京都障害者スポーツ協会では、

  • スポーツのサポート
  • 環境整備の仕事

など、パラ競技のサポートや普及活動に努めていたとのこと。

 

パラリンピック関連の仕事をしていく中、全日本テコンドー協会の選手募集を見つけ、それがパラテコンドーを知った最初のきっかけだとか!

 

パラテコンドーは、世界的にも新しいスポーツ。

「競技歴が浅かったとしても、メダルを狙えるチャンスがある!」と思ったそうです。

 

そして。本格的に東京パラリンピックを目指すため、2017年に東京都障害者スポーツ協会を退職し、パラテコンドーの世界へ飛び込んだとのこと!

 

退職をしてまでパラテコンドーを頑張ろうと思う、そのチャレンジ精神がすごすぎますよね!Σ(・□・;)

普通の一般人である私達からしたら、到底考えられないことです…(汗)。

 

パラテコンドーの練習を頑張っていく中で、合宿に呼んでもらえるようになったんだとか。

そして、2018年4月には、ブリストル・マイヤーズ スクイブ株式会社に入社したそうです。

 

ただ、当初は75キロ級で戦っていたのですが、世界の選手を相手にすると結果が出なかったため、悩んでいたそうです。

そのため、2019年に思い切って階級を61キロ級に変更しました

 

階級を変更したことにより、減量をしなければならず、食事のコントロール等が大変だったそうです。

ですが、この決断により日本代表内定をもぎとることができたので、結果的には良かったと思っているとのこと!

 

75キロから61キロに変更って、相当な差がありますよね…。
パラテコンドーで勝つためとはいえ、ここまでの階級変更はすごいことなんじゃ…(;´・ω・)

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田中光哉選手の出身高校や大学はどこ?

出身高校について

田中光哉選手の出身高校は、福岡県立久留米高校です。

 

久留米高校は、比較的レベルの高い進学校として知られているようで、偏差値はなんと60~62!

かなり偏差値が高い高校に通っていたみたいですね…。

 

ただでさえスポーツ万能なのに、頭も良いとか、マジでうらやましすぎます!!
まぁ、運動できるのも勉強できるのも、田中選手の努力の賜物なんでしょうけれどね(´・ω・`)

 

出身大学について

田中光哉選手の出身大学は、沖縄にある公立大学・名桜大学です。

偏差値は49~52と、高校の時よりも低め。

 

ただ、名桜大学では、障害のある学生に向けた支援のためのガイドラインがあり、一人ひとりの個性を尊重し合い、差別をなくそうとする取り組みがなされています。

 

なので、障害のある田中さんにとっては居心地の良い大学だと感じ、名桜大学への進学を決めたのかもしれませんね。

 

田中光哉選手の障害について

田中光哉選手の障害は、先天性の『両上肢尺側欠損障害』というもの。

簡単に言うと、肘下の骨のうちの一本(尺骨)や指の一部がないといった、両肘から先が欠損している障害なんです。

 

両肘から先がないということで、かなり不自由な生活なのかなと思いきや、意外とそうでもないようです。

 

生まれた時から此の方この手の形なので、今もこれまでも「生活が不自由」という思いはあまりしてません。できないことを聞かれると困っちゃうくらいです。一番は「あやとり」「リコーダー」くらい。

引用元:https://note.com/tanakamitsuya/n/nff301118ecaf

田中選手は幼少期の頃から、両親などから

「できないことはない。工夫したらできる」

と教えられてきたそうで、自分の障害は、大好きな自分を作り上げた一つの要素と考えているようです!

 

障害に対して、こういう教え方をしてくれる両親がいたからこそ、今の田中選手がいるんでしょうね!

 

田中光哉選手は結婚しているの?

2020年4月時点では、田中光哉選手は25歳。
結婚していてもおかしくない年齢です。

なので、結婚しているのかどうか調べてみました!

 

ですが、今現在は結婚しておらず、独身のようでした

また、彼女情報についても特にありませんでした

 

パラテコンドーを始めたのが2017年ということなので、ここ3年間はパラテコンドーのことだけしか頭になかったのかもしれません!

なので、彼女や結婚については、東京パラリンピックが終わってから考えるということなのかもですね!

 

田中光哉選手の主な戦績

田中光哉選手のこれまでの主な戦績について、紹介していきます!

 

開催年大会名クラス成績
2017世界パラテコンドー選手権大会(イギリス)K43 M-61kg5位
2018キムウンヨン国際パラテコンドーオープン大会(韓国)K43 M-75 kg1位
キムウンヨン国際パラテコンドーオープン大会(韓国)K44 M-75 kg5位
2018パンアメリカパラテコンドーオープン大会K43 M-75 kg1位
2018パンアメリカパラテコンドーオープン大会K44 M-75 kg3位
2018ヨーロッパパラテコンドーオープン大会K43 M-75 kg3位
第4回アジアパラテコンドー選手権大会(ベトナム) K43 M -75 kg3位
第11回 全日本テコンドー選手権大会パラ -75kg2位
20192019U.S.オープンパラテコンドー選手権大会(アメリカ)K44 M-75 kg9位
2019U.S.オープンパラテコンドー選手権大会(アメリカ)K43 M-75 kg1位
2019 アフリカパラテコンドー選手権大会K43 M-75 kg3位
第8回世界パラテコンドー選手権大会(トルコ)K43 M-75 kg5位

田中選手は、パラテコンドーを始めて3年とのことですが、競技歴が浅くても1位を何回か取っています!Σ(・□・;)

 

また、世界を相手にすると結果が出ないということで、2019年から75キロ級から61キロ級に階級を落としていますが、75キロ級でもかなり健闘していることがわかります。

 

75キロ級の時点でも、5位、3位とかなり上位に食い込んでいるので、61キロ級では、さらなる活躍が見れそうです!

 

まとめ

今回は、パラテコンドー男子・61キロ級の選手・田中光哉さんについて紹介しました!

以下、今回のまとめになります。

 

  • 幼少期は剣道、小学4年生からは大学生まではサッカーをしていた
  • 東京都障害者スポーツ協会で働いている時、全日本テコンドー協会の選手募集を見つけたのが、パラテコンドーを知ったきっかけ。
  • 出身校は、福岡県立久留米高校、名桜大学。
  • 田中選手の障害は、先天性の『両上肢尺側欠損障害』
  • 今現在は結婚しておらず、独身。

競技歴が低い田中光哉選手ですが、それでもかなりの実力者です!

これからのパラテコンドーではさらなる活躍をしてくれることでしょう!

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